エリカはソファ代わりにしている簡易マットレスに腰を下ろし、テーブルの上に置いた古いノートパソコンを開く。一連の騒動が沈静化しつつある中、ネット上ではニューロチップの是非をめぐる議論が日に日に盛んになっている。新たな法整備の動きもあれば、逆に「チップなしでは経済も医療も停滞する」と反対を叫ぶ層もいる。
「やっぱり、一夜にして世界は変わらないんだね」
エリカが呟くと、ミアが隣に腰を下ろして肩をすくめた。
「でも、少しずつ動いてると思う。たとえば、チップを自由に外したい人たちの声が大きくなってるし、プライバシー保護のための団体も一気に増えた。明らかに以前とは違う流れが生まれてる」
エリカは自分の脳内チップの存在を意識する。無論、それはまだ頭の中に埋め込まれたままだが、強制的な意識共有――ビアンカが推し進めようとしたような形での統合が、いかに危険であるかを自分自身の体験を通じて再確認した。あの思考空間での対峙は、生涯忘れられないだろう。
「完全な意識共有って、確かに理想的に聞こえる側面もあるかもしれない。でも、あれが強要される社会になったら……私も、もう一度あの苦しみを味わうことになっていたかもしれない」
エリカは幼少期のトラウマを思い出しながら、手のひらをぎゅっと握りしめる。過去の自分を呑み込むような痛みだったが、今はそれを越えた先に自分の新たな意志を見つけられたと感じる。
ミアはエリカの肩に手を置き、優しく声をかける。
「あなたは自分のトラウマを乗り越えたじゃない。ビアンカの思考侵入にだって抗えた。もう恐れることはないんじゃない?」


















