ニューロネットの夜明け – 最終章:夜明け|後編

「まだ見ぬ場所をいくつか回ってみたいかな。ネット越しじゃなく、自分の足で街を歩いて、人々の顔や声を確かめたい。意外と知らないことがたくさんあるんだよね、私たち」

その言葉にミアも微笑み返す。二人がこの街で暮らし続けるのか、それともどこか新しい場所へ行くのか――それはこれからゆっくり決めればいい。とりあえずは、このアパートで静かな生活の土台を作り、必要があれば再び動き出す。アナログもデジタルもどちらも生かす道を、エリカは信じている。

ふと目を上げると、青い空に一筋の飛行機雲が伸びていた。かつての自分なら、チップを通して飛行ルートを分析したかもしれないが、いまはただその雲の行方を見つめるだけで十分だった。幼少期のチップ誤作動による苦痛が脳裏をかすめても、それはもう乗り越えた過去の一部にすぎない。今は、新しい風を感じる。

エリカはそっと目を閉じ、深呼吸をする。きっとこの先も、テクノロジーと人間の関係は常に揺れ動く。意識統合を巡る危険は消えたわけではないだろうし、強制による管理社会の芽はあちこちで潜んでいるかもしれない。だが同時に、人々が新しいルールや価値観を作りながら前に進む希望も確かに存在する。

そう思ったとき、エリカは自然と口元に笑みがこぼれた。空は高く澄んでいる。昨夜までの闇を追い払うように、太陽の光が鮮やかにあたりを照らし、風が優しく頬を撫でていく。多くを奪われ、多くを失ったこの世界であっても、今日という日はまたやって来る。

彼女は足元のベランダ柵に軽く手を添え、空を見上げる。過去の痛みと苦しみを抱えながらも、彼女は再び歩き始めるつもりだった。これまでとは違う景色を見られるのかもしれない――そう思いながら。やがて、エリカの瞳には、雲間から差し込む光がきらりと反射し、その姿を瞼に焼き付けるようにしばし見とれていた。

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