星屑ワルツ ─静寂を破る心拍─: 第1章 前編

眉の角度、口角の位置、焦点距離。全部、都市が覚えている俺の数値だ。

でも鏡の中の俺は、ほんの少しだけ、目の奥を濡らしていた。気のせいだったかもしれない。気のせいでいい。気のせいが欲しい。

休憩時間、喫煙所の手前で立ち止まる。吸わない。吸えない。喫煙もまた最適化され、熱も煙も匂いもほとんどない。

ベンチの肘掛けに、鋲がひとつだけ無駄に付いている。そこに指先を押し当て、わずかな痛みを作る。

体は、逃げようとする。

俺は、逃がすまいとする。

痛みは所有権の印だ。

——ここにいる。

その言葉は声にならず、喉の奥で破裂音だけが転がる。「…か…」

笑い声が遠くでした。誰のものでもない、都市の笑い。

「君は器。器は喋らない」

オルフェウスが言う。

俺は答えない。答えられない。

ポケットの中で、ぜんまいがまた一度、かちり。

“遅れろ”と、重りが祈る。

序章 第1章:前編|後編

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