眉の角度、口角の位置、焦点距離。全部、都市が覚えている俺の数値だ。
でも鏡の中の俺は、ほんの少しだけ、目の奥を濡らしていた。気のせいだったかもしれない。気のせいでいい。気のせいが欲しい。
休憩時間、喫煙所の手前で立ち止まる。吸わない。吸えない。喫煙もまた最適化され、熱も煙も匂いもほとんどない。
ベンチの肘掛けに、鋲がひとつだけ無駄に付いている。そこに指先を押し当て、わずかな痛みを作る。
体は、逃げようとする。
俺は、逃がすまいとする。
痛みは所有権の印だ。
——ここにいる。
その言葉は声にならず、喉の奥で破裂音だけが転がる。「…か…」
笑い声が遠くでした。誰のものでもない、都市の笑い。
「君は器。器は喋らない」
オルフェウスが言う。
俺は答えない。答えられない。
ポケットの中で、ぜんまいがまた一度、かちり。
“遅れろ”と、重りが祈る。
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