赤い封筒 – プロローグ

 いつの間にかデスクの上の時計は午前二時を指していた。窓の外でタクシーの光が入り混じるのを横目で見つつ、アキラはコーヒーの残りを一気に飲み干す。眠気よりも先に、詩にまとわりつく薄気味悪さが意識を鋭くさせる。毎月決まった時期に送りつけられる、脈絡のない詩。その言葉の羅列は、一体何を意味しているのか。誰が、何のために書いているのか。そもそも自分に送られてくる理由は何なのか――考え出すほど、どこにも確証がない。

 アキラは持ち前の冷静さを取り戻そうと、自分が過去に受け取った封筒のことを思い出しながら、今後の対処を少し考えてみる。これまでのところは危害を加えられたわけでもない。ならば気にしすぎなのだろうか。それとも、ある程度注意を払っておいたほうがいいのか。頭の中を巡る思考はまとまらず、痺れを感じるほどの違和感だけが鮮明に残っていた。

 荒れた呼吸を整え、最後にもう一度、原稿ファイルを開く。残っている箇所を少しでも進めようとキーボードに指をかけたが、先ほどしまい込んだ赤い封筒の存在がやはりちらつく。しばらく画面と向き合うものの、文字はまるで砂がこぼれ落ちるように集中を外れていく。深く息をつき、アキラは今夜の執筆を諦めて、パソコンをシャットダウンした。

 ページを閉じると、さっきまで輝いていたモニターは暗転し、すべてが黙り込んだように思える。編集部の照明もそろそろ落とされる頃だ。重い腰を上げてコートを羽織り、カバンを肩にかけると、アキラは執務机の電気を消し、スタッフに軽く声をかけてから部屋を出る。しんとした廊下を歩きながら、一通の赤い封筒が頭の片隅でじわりと存在感を増していく。誰の手で、どんな思惑で書かれたものなのかは依然としてわからない。そして、なぜ今の自分のもとへ届き続けるのか。それを問い続ける声は、胸の奥で際限なく反響していた。

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