赤い封筒 – プロローグ

 アキラは苦々しい声でそう漏らしながら、封筒を手に取る。その赤はどぎつく、艶めいているわけでもないくすんだような赤。毎月、ほとんど同じ時期に投函されたものが届く。最初のうちは不審がってはいたものの、中身は奇妙な詩が書かれたカードだけで、脅迫らしき要素もはっきりとは見受けられなかった。しかし今回は妙に手が震えている自分に気づく。まるで今までと同じじゃない気配を感じるというか、言いようのない不安がこみ上げてきていた。

 封筒の口を切り、取り出したカードに目をやる。厚みのある、上質紙のような手触りだ。書かれている文字は相変わらず短い詩。淡いインクで書かれているため、一見すると読みづらいが、指先でなぞるように文字を追うと、まるで湿った息遣いが漏れ出るような不気味さがある。

「風の行方に あなたを待つ影 呼ばれるままに ふりむけば――」

 断片的な表現。普通の人が読めば意味不明かもしれない。しかしアキラの胸には妙なひっかかりが残る。この詩は先月届いた赤い封筒にあった文面とも微妙に繋がっているような気がしてならない。月ごとに詩の内容が少しずつ進行しているのだろうか。どことなくストーリーじみたものが底に潜んでいるように思えるが、具体的にはつかみきれない。

 シャツの襟元をゆるめてから、アキラはカードを封筒に戻し、自分のカバンの奥へとしまい込んだ。とりあえずは集中すべき原稿がある。差出人が書いていない以上、出版社にクレームを入れるわけにもいかないし、これまでのところ実害はなかった。奇妙だが放っておけばいい、と言い聞かせるように心の中でつぶやいて、再び手元の原稿に目を落とす。しかし、どうにも気が散って書き進められない。

「アキラ先生、コーヒー入れてきました。ちょっと甘めですが、疲れにはいいですよ。」

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