赤い封筒 – プロローグ

 不意に編集部のドアを開けて入ってきた若手スタッフが、スチロールカップを差し出す。アキラは軽く会釈をしてそれを受け取った。スプーンでコーヒーをかき混ぜながら、彼は何とも言えない居心地の悪さを感じる。毎月のこの赤い封筒は、まるで自分を監視する誰かの存在を暗示しているようにも思えるのだ。メールでも電話でもなく、わざわざ手書きの詩をカードにしたためているところに、強い意図を感じてしまう。

「先生、いつもこんな時間までお仕事なんですか?」

「まぁ、締切前はね。小説を書くのも楽じゃないよ。」

「やっぱり……。でも先生の作品、すごく面白いですから、期待してます。」

 スタッフの言葉は素直だ。アキラは少しだけ気持ちをほぐされ、ぎこちなく笑顔を返したが、胸にはまだ重苦しさが居座り続けている。スタッフが遠慮がちに去っていったあと、アキラは机をひととおり片付けることにした。もしかすると、生活の乱れが精神の乱れを招いているのかもしれない。月に一度届く封筒なんか、ただのファンレターの一種……そう思い込もうとするが、やはり不快な汗が背中を伝う。

 編集部の窓際に立って、外を見下ろす。深夜にもかかわらず、都市の灯りはどこまでも煌々と続いている。遠くには高速道路の灯、ビルの窓に浮かぶ人影。ここから見える光景は華やかにも見えるが、同時に暗い闇を秘めてもいるはずだ。夜の街は決して眠らない。そこに蠢く思惑や欲望は、昼間よりもむしろ生々しく浮かび上がってくる――そんな気がしてならない。

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