赤い封筒 – プロローグ

 再びデスクへ戻ると、椅子に腰を下ろす。最優先の原稿が山積みなのに、先ほどの詩の断片が頭の中で繰り返され、文字が映像に置き換わるような感覚にとらわれた。アキラは頭を振って気を取り直し、キーボードを叩き始める。画面にはまだ粗削りの文章が連なるばかり。それらを一文ずつ確認しては書き直し、意味の通らない箇所を徹底的に洗い出す作業を行う。締切前のこの時間帯はいつも以上に自分自身を追い込む。

「先生、そろそろ休憩されたほうが……」

「大丈夫だよ、もうちょっと書いたら帰るから。」

 再び姿を見せたスタッフにそう告げ、アキラは黙々と作業に戻る。赤い封筒のことを問われたわけではないのに、警戒心からか封筒の存在を誰かに知られたくないという思いがよぎる。ファンレターにしては奇妙だが、脅迫状としては弱い。だからこそ、どう扱っていいかわからない。警察に持ち込むほどの内容でもなく、出版社に相談して大げさに騒ぎ立てるほどでもないように見える。

 しかし、ひっかかる。言い知れない不気味さ。まるで知らないうちに自分の一部を見透かされ、言葉を通して揺さぶられているような感覚だ。作家としての勘が拒絶反応を示す一方、どこか創作意欲を刺激される部分もあるかもしれない。矛盾した気持ちに苛まれながら、アキラは微妙に居心地の悪いまま時間をやり過ごしていく。

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