希望のカフェ – 第1話

「実はね、勇気にお願いがあるの……私の代わりに、この店を続けてもらえないかしら。私、きっともう長くは立っていられないから」

その言葉は勇気にとって予想はしていたものの、胸を抉るように重たかった。何より、幼い頃から見てきた母の背中がいつも強くて、弱音なんてほとんど口にしなかったからだ。しかし今、亜希子の瞳には本気の色が宿っている。

「母さんが今まで築いてきた店……俺なんかに守れるのかな」

勇気は率直に不安を口にする。都会の企業で営業の仕事をしてきたとはいえ、カフェの経営はまったくの未知の世界だった。仕入れ先との付き合い方、一日に出るコーヒー豆の使用量、食材管理の方法や光熱費の問題まで、考えるだけで頭が痛くなる。だが、それ以上に母の真剣な思いを無下にはできない。勇気の胸にあるのは、弱々しくも懸命に生きようとする母への強い愛情だった。

「若い頃からずっとね、私が大事にしてきたのはこの店が“みんなの居場所”であることなの。誰でも気軽に立ち寄れて、疲れたら一杯のコーヒーでほっとできる。そんな場所があるだけで、人は明日を頑張る力をもらえるでしょ?」

亜希子はそう言って、一枚の写真をカウンター下から取り出した。そこには、まだ幼い勇気が店の前で元気よく笑っている姿が写っている。写真の背景には、開店当初の「希望のカフェ」が写り、どこか店内も明るく見える。

「私の体もいつまでもつかはわからない。でも、私はこれまでたくさんの人に支えられてきた。だから、最後までこの店を大事に守りたい。その気持ちを、勇気が受け継いでくれたら……私、すごく嬉しい」

勇気は写真を見つめながら、幼い頃の記憶を思い出す。母が忙しくても笑顔で接客し、コーヒーの淹れ方を丁寧に教えてくれた時期が確かにあった。自分がこの店を疎ましく思い、もっと都会へ羽ばたきたいと強く願った日々もあった。自分勝手に出ていったのに、母は一度も責めることなく、遠くから常に手紙や電話で励ましてくれた。

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