希望のカフェ – 第1話

「あの頃の母さんの後ろ姿が、今でも目に焼き付いてる……」

そう呟いた後、勇気はそっと息を吐いた。そして意を決したように小さく頷く。

「わかったよ。母さんの大切な店、俺が守る。経営とかメニューとか、わからないことだらけだけど、俺なりに頑張ってみる」

その言葉を聞いた亜希子の表情には、ほっと安堵したような微かな笑みがこぼれる。瞳は潤んでいたが、涙をこぼすことなく、ただ静かに勇気の手を握る。

「ありがとう、勇気。私、あなたが帰ってきてくれて本当に嬉しいわ。これからは少し休ませてもらうことが増えるかもしれないけど……あなたなら、きっと大丈夫だと信じてる」

夜が更けるにつれ、店内はいつしか虫の鳴き声だけが響くようになった。カウンター越しに立つ亜希子の姿を見ていると、その背中はやはり小さくなったように思えるが、同時に優しくて強い母の面影がはっきりと感じられる。勇気はこれまで抱えていた都会生活でのストレスや葛藤を少しずつ吐き出すように、母の手を握り返した。自分がどうなるかはわからない、それでも母のためにやれるだけのことはしよう。そんな思いが胸いっぱいに広がっていく。

だが、心のどこかには「果たして自分に店を切り盛りする力はあるのか」という不安が残っているのも事実だ。町の人々の温かさ、母の強い思い、それらを受け継ぐ責任の重さに、勇気は静かに身震いを覚える。それでも、明日になれば店を開けなければならない。母の体調を気遣いながら、勇気はゆっくりとカウンターを拭き終え、これから始まる新しい日々を胸に思い描く。自分が逃げずに立ち向かうしかないと、硬い決意を抱きつつ、店の照明を落とした。

静まり返った「希望のカフェ」の扉を閉めると、町の街灯がほのかに店先を照らしている。夜露に濡れた看板が、小さくギシッと音を立てた。振り返ると、古びた扉越しに見えるのは、どこか頼りなげながらも確かな温もりをはらんだ店の影。明日からは自分がこの場所を守っていくのだ。母が愛し、町の人々が日常の拠り所にしてきたこのカフェを。勇気は一歩、また一歩と足を進めながら、胸の奥底で強い鼓動を感じていた。

タイトルとURLをコピーしました