希望のカフェ – 第1話

勇気はそう言いながら店の奥に足を踏み入れた。カウンターには手描きのメニューが貼られており、昔からほとんど変わらない。店の片隅には水色の壁紙が残っているが、所々が剝がれかけていて、長年の経営でたまった疲労を物語っている。使い古したエスプレッソマシンは艶が薄れ、ガス台のコンロも相当年代物だ。懐かしさと同時に、店の厳しい現状が静かに突きつけられる。

閉店時間が近づき、常連客たちが帰っていったあと、店内には亜希子と勇気の二人だけが残った。薄暗くなった照明の下で、亜希子は少し恥ずかしそうにテーブルを拭いている。

「こんなに汚れちゃって……ごめんね。もっとこまめに手入れしたかったんだけど、身体が思うように動かなくて」

「母さん、そんなことはいいんだよ。俺は……母さんが少しでも休めるようにしてほしいだけなんだ」

勇気は目線を落として言葉を続ける。亜希子の横顔を見ていると、昔の活気ある姿が脳裏に浮かんでくる。あのころはまだ病の気配なんて微塵もなかったはずだ。

「でもね、私、やっぱりこの店を守りたいの。いつもここでみんなが笑顔になるのを見てると、私まで元気をもらえるんだ。少し疲れがあっても、誰かが『おいしいね』って言ってくれるとそれだけで救われるの」

亜希子の声は弱々しくも、揺るぎない意志が込められているようだった。勇気には、その言葉がどれほどの重みを持つかが痛いほど伝わってくる。この店はただの飲食店ではなく、町の人が日常の中でほっと一息つける大切な居場所。そして母にとっても、それは生きる証そのものなのだと感じる。

「母さんの身体が一番大事なんだから、無理しないでよ。俺は何をすればいい? せめて母さんが治療に専念できるように、俺に手伝えることがあるなら何でも言って」

そう言う勇気に、亜希子はほっとしたような笑顔を返す。だが次の瞬間、眉尻を下げて少し申し訳なさそうに唇を開いた。

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