陽が西の山影に隠れはじめた頃、桜と陽斗は深山郷から乗り継いだ小型バスを降り、次なる手掛かりを探す町へと足を踏み入れた。舗装の途切れた石畳を進むと、ぽつりと灯るランプの下に「悠の宿」という小さな看板が見えた。
「ここらしいね」
陽斗の声に、桜は大きく頷いた。宿の横手に狭い路地が伸び、その奥には古い蔵を思わせる建物があった。扉には絵筆のマークと「紗枝アトリエ」の文字。
桜がそっとノブを回すと、中から絵具の匂いがふわりと漂い、薄暗い室内に柔らかな電球色の灯りがともっている。納戸のように所狭しと並べられたキャンバス、棚には画材が整然と並び、静寂に包まれた空間だ。
「いらっしゃい」
奥のほうから声がして、スケッチブックを手にした女性が現れた。肩までの栗色の髪を無造作にまとめ、白いブラウスにペンキの染みが点々とついている。
「紗枝さん……ですよね?」
桜が声を震わせて名乗ると、女性――紗枝はにっこり笑い、手を差し出した。
「そのとおり。どうしたの、こんな夜遅くに?」
紗枝の瞳はどこか遠くを見据えるようで、まるで時空の狭間を覗くかのようだった。