運命のレシピ – 第3話

第1話 第2話

新天地での甘い孤独

 夜行バスを降りた瞬間、東京駅の高い天井はリナの耳に巨大な潮騒のようなざわめきを送り込んだ。下町の小さな踏切が奏でるカンカンという音しか知らなかった鼓膜は、複雑に絡み合うアナウンスと足音とコーヒーショップの蒸気音に一気に包囲され、反射的に身をすくめる。

 ホームへ迎えに来たタケルは、首都の早朝をまとう空気のように淡々としていたが、目尻の笑みは柔らかく、リナのキャリーケースを黙って受け取った。

 レストラン〈ラ・ヴァレ〉はまだ暗い。徹夜で仕込みをしたスタッフがストーブの前でコートを脱いでいる。壁面いっぱいの銅鍋が赤金色に灯りを撥ね返し、フランス語の短い指示が飛び交う。

「ミザン・プラス、シャンシャン!」

 初日から役目を与えられたリナは、ブイヨンの寸胴で上がる湯気に蒸された眼鏡が曇り、反射的にゴム手袋を引き締めた。刻む、量る、漉す——作業自体は祖母の厨房と変わらないのに、周囲の速度が倍速で流れるため、手先が追いつかない。

 焦りはあっという間に味覚を鈍らせる。塩梅を確かめようとしたブイヨンを舌に乗せた瞬間、塩加減を読み取れず、自分でも驚くほど味が「無い」。その違和感を顔に出したのだろう。隣のスーシェフが短く指笛を吹いた。

「シェフ・タケル専属の客人だって? 焦ると舌は閉じるぞ」

 言い放たれた言葉に胃が縮み上がる。田舎のカフェで揺るがなかった自信が、高張りの生地のように張り裂けそうだった。

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