夜明け前の闇が、廃墟と化した街を覆っている。佐伯がフェンスの隙間から再び“亡霊の街”へ足を踏み入れたのは、まだ月が空にぼんやりと浮かんでいる時間帯だった。かつて何度か潜入したときの景色とは異なり、街は一層荒廃が進んでいるように見える。歩を進めるたびに瓦礫が崩れ、遠くから不気味な風音が響いてくる。
心の中で「これが最後になるかもしれない」という声がうずきつつも、佐伯は奥へと歩き続けた。仲間と決裂してしまった今、自分を引き止める者は誰もいない。むしろ、亡霊たちの囁きがさらに強まっているのを感じていた。前方に広がる開けた空間に踏み込むと、そこには巨大な焦げ跡のような円形の跡地があり、まるで呪われた広場のように瘴気が漂う。周囲の空気が歪んでいるようにも見え、鼓動が高まる。
「ここで儀式を始めろ……」
そう囁きかける声が頭の奥で鳴り響く。佐伯は震える手で鞄から古文書のコピーを取り出し、その手順を確かめながら広場の中心へと進む。辺りを見回すと、焼け焦げた人影がちらちらと視界の端に現れる。彼らは苦しげな呻き声を上げ、ある者は地を這い、ある者は宙に揺らめきながら佐伯を取り囲もうとしていた。
「戻れないなら、せめてここで終わらせよう……」