突然の訃報
冬の終わりの空気が、古書店「紙の旅人」の窓ガラスを濡らしていた。小さな店は、様々な時代の本たちが積み重なる宝の山のように、通りの一角を占めていた。店内には時代を感じさせる古い匂いが立ち込め、多くの本愛好者に愛されていた。
ある日のこと、通常通り店を開けたはずの篠原昭夫は、夕方になっても店のシャッターを開けたまま姿を見せない。通りがかった近所の主婦が気になり、店内をのぞいてみると、本の山の間に横たわる昭夫の姿を発見する。驚きのあまり、彼女はすぐに110番をかけた。
美雨は、都内の大学での講義を終え、友人たちとカフェで過ごしていた。彼女のスマートフォンに、母からの着信が表示された。「おじいちゃんのことで……」という母の言葉で、美雨の世界は一瞬で変わった。紙の旅人の店主、篠原昭夫は彼女の祖父だった。
「自然死だったと思われる」と警察は判断したが、美雨にとっては突然すぎる訃報であった。祖父昭夫は、美雨が幼い頃から彼女に読み物を与えてくれる存在だった。古書店を訪れるたびに、彼女は不思議な物語や知らない世界に触れることができた。昭夫は、そういった世界を美雨に提供する架け橋のような存在だった。
葬式は地元の寺で行われた。参列者は近所の人たちや長年の顧客、そして家族。多くの人々が昭夫の優しさや、本への情熱を偲びながら涙を流した。美雨もまた、感謝と哀しみの気持ちで一杯だった。友人たちや大学の授業が忙しい中、美雨は一時的に都内のアパートを離れ、実家に戻ることを決意した。
家族の中で、古書店「紙の旅人」に関する知識や情熱を持っていたのは、美雨と昭夫だけだった。それゆえ、店の後始末や、これからの運営をどうするか、家族は美雨に一任することとなった。
家に戻ってからの日々は、葬式の後の寂しさと、店のことでの忙しさが入り混じったものとなった。昭夫が最後に手にしていた本、未だ開かれていたページ、注文のリストや納品書、それら全てが美雨には大切な思い出と繋がっていた。昭夫の足跡を追いながら、美雨は彼が何を考え、何を感じていたのかを知ろうとした。
家族や親戚は「店を閉めるべきだ」という意見もあったが、美雨はそれを拒否した。彼女は祖父の遺志を継ぐことを決意し、紙の旅人を再開することを決心した。しかし、その前に彼女がしなければならないことが、山のように待ち構えていた。
昭夫が亡くなったあの日、何があったのか。警察は自然死と断定したが、美雨の中には疑問が残っていた。彼女は、その答えを求め、また祖父が愛した店を守るための戦いを始めることになるのだった。