秘密のスパイス
朝のまどろみを破るように、スマートフォンが震えた。
〈至急ご確認ください〉——送り主は伊藤司。添付されたPDFを開くと、冷たい活字がリナの視界をえぐった。
「橘フードホールディングス 地方再開発プラン」
買収候補地一覧の中に、見慣れた住所——〈カフェ・ルフレ〉の地番が載っている。
「どういうこと……」
胸が氷水に沈む感覚のまま、リナはタケルのいる試作室へ向かった。昨日までのあたたかな厨房が、今はステンレスより冷たく見える。
タケルは白雪ニンジンをローストし、焦がし味噌と合わせてスープのベースを作っていた。
「今夜のVIP試食会に出す新メニューだ。白雪ニンジンの甘みに、味噌のコクを重ねて——」
説明の途中、リナは画面を差し出した。
「この計画、知ってたの?」
タケルの手が止まり、香り立つ湯気の向こうで眉が揺れる。
「父が進めているのは把握していた。でも止める方法を探して——」
「探している間に私の店はリストに載ったわ」
声が震えた。鍋で踊るスープの泡が、自分の怒りのように弾ける。