異世界冒険者ギルドの日常 – 第6章:前編

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 空気が震えた。回廊の灯火は灰に消え、天秤の皿を覆った魔法陣が紫黒の渦へ転じる。押し寄せる圧力は、言葉より先に肺を絞めつけた。

 筆頭“00”は一歩踏み出すだけで世界の勘定科目を塗り替えるかのように周囲を圧縮し、靴底が大理石を沈めるたび〈総勘定元帳〉のページが紙吹雪となって舞い落ちる。それらは地面に触れると音もなく融け、鉛色の霧になった。霧は数字の鎖を引きずりながら、私たちを中心に緩やかな螺旋を描く。

 ガルドが喉奥で低く唸る。「息が詰まりそうだ……」

 ティリアの指先は震えを押し殺しながらも弦をとらえ、リリィはカタパルト回路へ小判で補強したウェイトをさらに追加する。しかし目に見えない圧搾が金属部品の結合部を軋ませ、悲鳴を上げさせた。

 マリエル監査官は沈着に法典を抱えつつも額に汗を浮かべる。結界が正常稼働していれば防げた侵蝕だが、天秤が示す異常値は院全体の防御層を塗り替えている。もはやここは「監査院」ではなく“00”の勘定方陣の内側だ。

 私は《エクスセル》を最大表示にし、目の前に浮かぶセルの海へ指を滑らせた。

 ∞が一千億、一兆……と桁を変え、再び∞へ戻る。有限化演算は効いている。しかし“00”は桁の総入れ替えで擬似的な無限ループを延命させ、税率や補助率を書き換えるたびステータスを初期化しているのだ。

 (まるで自動リロードされるキャッシュ。ここを切らないと限りなくリソースを吸われる)

 だが会計士の裏付けなくループは成立しない。どこかに原点、起算点があるはずだ。私は深呼吸し、霧の流れを目で追った。

 灰霧は天秤の影を縫うように流れ、黄金扉前で一点収束している。重なり合った数字鎖の奥――偶然、鎖の隙間から覗く床模様に気づいた。円環の中央へ向かう渦鞘の導線、そして“0”の文字。

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