ニューロネットの夜明け – 第1章:闇のコード|前編


第1章:前編|後編

古い倉庫の天井には、むき出しの配管やスチールフレームが入り組むように走っている。その隙間から冷たい夜の空気がわずかに入り込み、埃っぽい匂いに混ざって金属の匂いが漂っていた。倉庫の一角には、時代遅れの大型モニターや改造された端末が所狭しと並び、そこがエリカの“作業場”になっている。

エリカはモニターにかぶりつくように座り、脳内チップを起動させた。外見こそ普通の小型コンピュータ端末だが、彼女の意識は既に仮想空間へと深くダイブしている。まるで深夜の海を泳ぐような感覚——電子の流れを感じ取りながら、標的のシステムへアクセスする道筋を慎重に探っていた。

「よし、ここまでは想定通り」

そう呟きながら、エリカは長い髪を一つに束ね直す。脳内チップのトラフィックを監視しつつ指先でキーボードを叩く独特のリズムは、ベテランのピアニストが演奏に集中するときに似ている。彼女はヴァル・セキュリティが開発中の次世代セキュリティシステムのコードを探し出そうとしていた。

ヴァル・セキュリティは、この近未来都市で最も大きなセキュリティ企業の一つだ。個人情報や医療データのみならず、人々の脳内チップから得られる膨大なバイオデータまで一手に引き受け、各種政府機関や巨大企業の要請で防衛システムを構築している。その技術は日に日に進化を遂げ、違法ハッカーはもとより、一般市民ですら軽い不安を抱くほどだった。

エリカが狙うのは、同社がまもなく公開予定と噂される“次世代防壁”。既存のファイアウォールを大幅に上回るプロトコルを備え、いかなるクラッキング行為も瞬時に検知・遮断できるとされている。そのコードの一端でも掴めば、この企業の本当の狙いが見えるかもしれない。彼女にとっては単なる興味ではなく、何か大きな陰謀の手がかりを探るための行動だった。

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