ニューロネットの夜明け – 第1章:闇のコード|前編

「やっぱり、ただの防壁じゃない……」

声に出した途端、倉庫の薄暗い照明がチラつき、微かにノイズが走る。誰かに追跡されているわけではないだろうが、胸騒ぎは増すばかりだ。かつてレオナルドと交わしたやり取りが脳裏をかすめる——「テクノロジーは世界を変える可能性を秘めている。だけどそれがどう使われるかは、人間次第だよ」。

その言葉の真意を思い返しながら、エリカは震える指でログを保存し、別の端末にもバックアップを取っておく。作業に没頭していると、ふと夜が明ける寸前の空気の冷たさが骨身にしみてきた。倉庫の高い窓から見える外の光はまだ弱いが、やがて朝になれば人々はまたチップを通じて日常を送るだろう。誰もがその便利さと引き換えに、何か大切なものを手放しているのではないか——エリカはそう感じる。

彼女は一度目を閉じ、深呼吸をした。遠くで自動車のクラクションがかすかに響く。倉庫に立ち込める埃っぽい空気と、モニターの青白い光が混ざり合い、その中にエリカの意識はしっかりと根を下ろしている。怖れがあっても、突き止めるまで引き返せない。それが彼女の生き方だった。

再びモニターに視線を戻し、エリカは次のステップを考え始める。ログの断片からにじみ出るキーワード、そして脳裏に浮かぶ「レオナルド」という名前。過去の因縁とともに、今の社会が抱える深い闇を垣間見てしまった以上、手をこまねいていられはしない。彼女の抱くトラウマを超えてでも、探らねばならない真実がそこにあると思えたからだ。

エリカは震えを抑えるようにもう一度拳を握りしめ、自分に言い聞かせるように呟いた。「やるしかない……」

そう決心した彼女の周りで、倉庫内の電子機器が低く唸りを上げている。夜明け前の静寂を破るように、エリカは解析画面に向けて指を伸ばした。


第1章:前編|後編

タイトルとURLをコピーしました