ニューロネットの夜明け – 第1章:闇のコード|前編

あの時、他人の思考や感覚が一気に流れ込んでくる恐怖——それは単に痛みや苦しみだけではなく、自分が自分でなくなるような感覚だった。エリカはその場に崩れ落ち、苦しみのあまり涙を流していた記憶を思い出す。そうしてたった一言も発することができず、意識を手放した。

「違う、今は大丈夫……」

エリカは声にならない声を吐きながら、自分を奮い立たせるように両手の拳を握りしめる。成長してからはチップの制御が安定し、普段は普通に生活が送れるようになっていたが、そのときに受けた恐怖は今も彼女の奥底に根を張っていた。

脳裏で響く警戒音を振り払うように、エリカは再びモニターを睨む。手の震えはまだ残っているが、こうして立ち止まるわけにはいかない。ヴァル・セキュリティの新たなシステムが、何らかの形であの頃の自分が味わった“チップ誤作動”に近い危険をはらんでいるのではないか。その直感が、彼女の背筋を凍らせる。

「レオナルドがプロジェクトを牛耳っているなら、何か裏があるはず」

そう確信めいた独り言を呟いて、エリカはモニター上のコード解析を続行する。アクセスは強制遮断されたが、残されたログや断片データから分かることもあるはずだ。彼女は自作の解析ツールを走らせ、コードの痕跡を必死に洗い出す。

少しでも手がかりを得られれば、次にどう行動すべきか見えてくる。エリカは暗い倉庫内で孤独に戦っているような気がしたが、それでも指を動かすことを止めなかった。思考の奥底には、幼少期に脳内チップに振り回された自分の姿がこびりついている。もしもあの恐怖が再び誰かを襲うのだとしたら、黙って見過ごすわけにはいかない。

やがて解析ツールが甲高い電子音を鳴らし、断片的なメタデータを表示する。そこにはプロジェクト名らしき文字列や、脳波パターンに関する技術文書の一部が混在している。エリカは一つ一つに目を通す度、腹の底に重苦しい不安を覚えた。

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