赤い封筒 – プロローグ

 東京の中心部にそびえ立つビル群の一角、夜も更けた編集部のフロアには残業を続ける数名の気配しか残っていなかった。蛍光灯の光がちらつき、書類の束やゲラ刷りで埋め尽くされたデスクが幾列にも並ぶ。人の姿はまばらとはいえ、一日中稼働し続ける空調の低いうなりが耳にこびりつき、決して静寂とは呼べない空気が漂っている。そんな中、部屋の隅にある仕切られたスペースで、作家のアキラは薄暗い照明の下、原稿に向き合っていた。

 締切は今週末。長年執筆を重ねてきたアキラでさえ、毎度この期間は胃が重くなる。腰を痛めないように座席のクッションを調整し、机に散らばる資料をまとめ直す。愛用の万年筆で紙原稿に走り書きをしながら、ふと手を止め、ため息をつく。集中しようとすればするほど、頭の中で言葉が渦巻き、逆に整理がつかなくなる。パソコン画面と交互に視線を移しつつ、つい先ほど担当編集者が置いていったおにぎりに手を伸ばしたが、一口かじったところで味気なさが際立ち、また放り出した。

 机の上に積まれた郵便物は、どれも自宅宛てに届いたものだが、担当編集者が急ぎそうなものだけ事務所まで持ってきてくれている。ほとんどは出版社からのダイレクトメールやファンレター、それに取材依頼の通知など。アキラは目に留まった封筒を一枚ずつざっと確認していく。そこに、ひときわ目を引く赤い封筒が混ざっているのを見つけた。

「……また来たか」