希望のカフェ – 最終話

まずは母が最後まで使い続けていた道具を磨き上げる。古いコーヒーミル、少し傷だらけのポット、母が書いた手描きメニュー表。どれも亜希子の息づかいが詰まっているようで、無造作に触れるだけで涙が出そうになる。それでも勇気は一つひとつに触れながら、心を整えていった。

開店当日、勇気はメニュー表の隅に、短い言葉を添えていた。「母の想いを込めて」。この言葉に気づいた常連客たちは目を潤ませ、「亜希子さんの味を懐かしみに来たよ」とあたたかい言葉をかけてくれる。若いお客さんも、「SNSを見て興味を持ちました」と訪れてくれるようになり、店内にはいつしか多彩な笑顔があふれる。亜希子が守り抜いたコーヒーの味を再現しつつ、自分なりに新しいアレンジを試みる勇気の姿に、町の人々は協力を惜しまない。

夕暮れ時、客が引けた頃の店内にほのかに残るコーヒーの香りが、勇気の鼻をくすぐる。カウンターに立つ自分の姿をガラスに映してみると、まだまだ未熟だが、母の背中を追いかけているようにも思えた。コーヒー豆を挽く音が静かな店内に響き、窓の外には柔らかなオレンジ色の光が広がる。

「母さん、俺、この店をもっと大きくしてみせるよ。母さんが大事にしてきた思いも、みんなが集まれる空気も、絶対に絶やさない」

誰に聞かせるわけでもなく、カウンター越しにそうつぶやく。母がくれた愛情と、町のみんなが注いでくれる支えを力に変え、勇気はここで新しい一歩を踏み出すのだ――そう強く感じながら、今日最後のコーヒーをゆっくりと注ぎ始める。

ふと、カップから立ち上る湯気の向こう側に、微笑む亜希子の姿が重なったように思えた。あの暖かな笑顔を胸に、勇気はそっと目を閉じ、「ありがとう、母さん」と心の中で呟く。カフェの灯は、これからもずっと町を照らし続けるだろう。母が守り抜いた店を、今度は自分が守っていく――それが、母の夢を受け継いだ、勇気の新たな道なのだ。

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