異世界冒険者ギルドの日常 – 最終章:後編

 赤線坑道の最深部へ向かう途中、坑壁には厚く黒いススが付着していた。石英脈に沿って刻まれた無数の□記号――帳簿の空欄セルだ。

 「空白領収書と同じ魔術式……いや、これはセルを“予約”しているだけ」

 リリィが苛性液をかけると、□が破裂しマイナス残高の霧が噴き出す。

 「削るたび債務が浮き上がる仕掛けだ」

 ティリアは矢で周縁を射抜き、毒気を散らす。

 「在庫が戻っても負債だけ残して帳簿を赤に叩き落とす作戦だったのね」

 最奥の精錬炉跡に灯る紫光は、昨日のΩδ炉よりさらに古い型――炉縁に刻まれた紋章は〈λ〉。

 そこにたった一人残っていたのは、白髪混じりの中年会計術師。肩章には〈Ωδ〉、胸のポケットには堅牢な木管。

 「これ以上近寄れば、負債を爆発させる」

 男は管を掲げ、悪びれず笑った。

 「空白領収書を止めれば誰も損しないと? 違う。今度こそ帳簿を真っ赤に汚し、世界樹貨の再建は我々“純算派”が握る」

 ユウトは歩みを止め、帳簿紙片をひらひら掲げた。

 「その木管。未記帳債務を詰め込んでるね」

 「正解だ。吹き鳴らせば全支部の貸借表へ均等配分。君のギルドも一瞬で倒産だ」

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