赤い封筒 – 第6話

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 薄曇りの空が広がる平日の昼下がり、アキラは自宅に戻った瞬間から、どこか嫌な胸騒ぎを覚えた。玄関の鍵はかかっているものの、ドアノブが微妙にずれているような気がする。長年住んできた家ならではの違和感だ。恐る恐る鍵を開け、中に入ると、空気に混じるよどんだ臭いに顔をしかめた。まるで見知らぬ誰かの生々しい気配だけが残されているかのようだ。

 リビングへ足を踏み入れた途端、彼は息を呑んだ。壁の一部に、赤い封筒のインクと同じ色合いの文字が書かれている。“嘘の鼓動が止まる夜 君の声は星の底へ沈む”――そんな不気味な文言だった。まるで一行の詩のようにも見えるが、読んでいるだけで背筋が冷たくなる。これは明らかに赤い封筒を送る者と同じ仕業だと直感でわかった。

「誰が……いつの間に……」

 アキラは呆然と呟きながら、部屋を見回す。書棚の前には微妙にズレた足跡の跡がうっすら残っているし、机の引き出しが少しだけ開いている。何が奪われたかは確認が必要だが、とにかく見知らぬ侵入者が家の中を物色したのは間違いない。通報しなければとスマートフォンを取り出そうとしたとき、胸が苦しくなるほどの恐怖が押し寄せてきた。ついにプライベートな空間すら踏み荒らされた――その事実が精神を深く侵食してくる。

 警察に連絡すると、しばらくして捜査員が数名やって来た。部屋の各所を調べながら写真を撮り、アキラから事情を聞き取っていく。先日の赤い封筒の件も伝えられ、捜査員は眉をひそめながらメモを取り続けたが、やはり決定的な手がかりを得るには至らない様子だ。未解決事件との関連を強く示唆するだけの証拠も不足している。

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