赤い封筒 – 第8話

 その中の一つの表紙には、簡素なイラストと「歩き続ける闇」と題された文字が印刷されている。明らかに商業ベースの装丁ではなく、コピー機で作られたような簡易製本。厚さはわずかに5ミリほど。アキラは埃を払い落としながら、表紙をめくる。そこには確かにミツルの名前が記されていた。

「これだ……まさか、ずっとここに眠っていたとはな。」

 ページを繰れば、どこか荒削りだが情熱的な詩がいくつも掲載されている。ミツル特有の陰鬱なイメージ、自己否定や世界への怒りが渦巻き、読んでいるだけで胸が締めつけられる。さらに終盤には、よりパーソナルな告白のような文章があった。

――もし誰かが俺を見捨てるのなら、その代償を思い知らせてやる。

――すべてを呪うことでしか、自分を保てないなら、俺は喜んで呪われし詩人になる。

 そんな言葉が生々しく綴られ、ミツルの絶望や狂気の入り口が赤裸々に書き残されている。ページの隅には追記と思しきメモ書きがあり、“復讐”という単語がはっきりと見て取れた。まるで大学での理不尽な扱いや周囲への怒りが凝縮されたかのようだ。

「こんな内容だったのか……」

 アキラは自嘲気味に呟き、ページをめくる手が震えるのを感じる。当時、まともに読まずに放置していたが、いま目を通すと、その黒い感情に胸を刺される。ミツルにとっては、これが彼の叫びだったのだろう。そして誰からも受け止められず、やがて失踪へと繋がっていった……。思い返すと、学内でこの文集を嗤いのネタにした学生がいたのも事実だ。その中にはアキラも含まれるかもしれないという罪悪感が、ずしりと重くのしかかった。

「この文集の存在が、あいつの原点だったのかもしれない……」

 アキラは冊子をそっと閉じ、カバンに仕舞い込む。この内容はシンイチやユキノにも共有する必要があるだろう。ここに描かれているミツルの苦悩や絶望が、そのまま一連の事件の動機に繋がっている可能性が高い。彼が本当に生きているなら、いまこそこの“復讐の誓い”を実行しているのかもしれないのだ。

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