運命のレシピ – 第7話

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それぞれの厨房

 夜行バスが発車した時刻から十二時間後、リナは故郷のバスターミナルに降り立った。冷え切った空気の中、駅前通りに掲げられた〈カフェ・ルフレ〉の看板は、うっすら積もった雪をまといながらもどこか心細げだ。

 シャッターを開けると、かつて毎朝最初に聞いた換気扇の回転音が埃混じりに再生された。祖母のポットやマミが磨いたケーキスタンドが静かに並んでいる。「数字じゃ測れない価値」を守りたい――その思いだけが、遠い都会のざわめきを消してくれた。

 翌朝、リナは町の朝市に小さな屋台を出した。看板メニューは〈里山ポタージュ〉。白雪ニンジンの甘みを、味噌と山椒の香りで引き締めた“故郷の余韻”だ。

 鍋で温める度、生姜と柚子皮の蒸気が立ち上り、行列の先頭にいた農家の佐伯が目を丸くする。

「おお、こりゃ甘いだけじゃなくて芯があるな。体の奥がポッと灯る」

 湯気越しに届く言葉に、リナは胸を撫で下ろした。コップ一杯三百円。昼前には完売し、屋台には「次はいつ?」の声が残った。

 午後、マミが駆け付けると頰を紅潮させて言った。

「役場の空き店舗活用プロジェクトに応募しない? あそこなら改装費の補助が出る!」

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