ニューロネットの夜明け – 第1章:闇のコード|後編

どこか他人事のような文面だが、エリカには今の現状を象徴する出来事に思えた。ここ数年、脳内チップを悪用した犯罪やトラブルは急増している。体内情報を盗まれたり、思考を盗聴されたりという被害はまだ限定的だが、報道されないところではかなり深刻なケースもあるという噂だった。

「チップがなかったら生活なんてできない、って言う人もいるし、現にほとんどの公共サービスはチップ前提で作られてるから……」

ミアはニュースを見ながら、複雑そうに眉を寄せる。

「私の両親みたいに、頑なに拒否してる人もいるけど、そうすると病院に行くのも買い物するのも不便で大変。チップを持たない自由っていうのも、今じゃ形だけかもしれない」

エリカはその言葉に頷きつつも、少し表情を硬くする。便利さの裏で、誰かが情報を握り、人々の行動や意識を支配しかねないという危機感が拭えないからだ。しかもその先導役がヴァル・セキュリティと、政府筋の研究機関が協力しているとなると、事は一筋縄ではいかない。

「でもこのまま放っておけば、チップ技術がさらに進歩して、もっと大きなトラブルが起きるかもしれない。それこそ、全員の意識を繋げるなんて最悪のシナリオもあり得る……。私が何かしないと」

エリカは呟いてから、椅子の背にもたれて天井を見上げる。そこからぶら下がる裸電球が、青白く揺れている。記憶の片隅で、幼い頃のフラッシュバックが小さく疼いた。あの苦痛をもう一度思い出すたびに、胸の奥が冷たくなる。

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