廊下の奥から足音が聞こえ、ビアンカの助手を務める男性研究員が書類を抱えて駆け寄ってきた。
「ビアンカ先生、先ほど錯乱した被験者ですが、暫定的に回復室に移しました。新たに症状が悪化することはなさそうです。ただ、当面はデータ回収が難しいかもしれません」
「そう。回復を待つわ。記録できたデータは必ず役に立つはず。次の段階に進める準備を始めておいて」
「わかりました。あと、追加の被験者についても手配が……」
「スケジュール通りに進めて。実験規模はまだ拡張できるはずよ。協力者が不足しているわけじゃない」
助手が深く頭を下げて去って行くと、ビアンカは再び思案顔になる。人間の精神構造は複雑で、意識共有による負荷は簡単には制御できない。それでも、いくつもの失敗を重ねながら、少しずつ成功率を高めていけば、やがては大多数の人々を強制的に統合できるシステムが完成するだろう。彼女はその先に、無駄な憎しみや誤解のない世界が訪れると信じてやまない。
ただ、そうした研究が進むにつれ、現場のスタッフからは不安の声が上がりつつあった。実際に被験者が苦しむ場面を目にしてもなお、ビアンカは立ち止まる気配を見せない。その姿勢を「狂信的だ」と感じる者もいるだろう。しかしビアンカ本人は自分を“理想を持った科学者”だと思い込み、冷たい目を向けられることも意に介さない。
実験室に戻ると、先ほどとは異なるグループの被験者が装置に繋がれようとしていた。ビアンカはモニターに表示された被験者のプロフィールを手にしながら、研究員たちに指示を出す。



















