赤い封筒 – 第6話

 アキラの声は弱々しく、しかしどこか頑固な響きを帯びている。ユキノはしばし黙り込んだあと、ため息をつくようにして言葉を続けた。

「わかりました。だけど何かあったら、絶対に連絡してください。深夜だろうと構いませんから。」

「ありがとう。ほんと、迷惑ばっかりかけてごめん。落ち着いたらまた連絡するよ。」

 通話を切ると、アキラは一気に疲労が押し寄せるのを感じた。頭の中では数時間前に見た壁の文字が絶えずリフレインしている。自分の秘密を覗き込まれたような感覚が拭えず、書斎の机に向かうのも怖くなり始めていた。しかし、原稿の締切は待ってくれない。焦燥を噛みしめながらパソコンを立ち上げ、次の作品の文章を開く。

 だが、モニターに映し出された文章を読み返すと、そこには自分が書いたとは思えないほど赤い封筒の詩と似通ったフレーズが散りばめられているのに気がついた。確かに自分の手で打ち込んだ文字なのに、いつの間にか赤い封筒の世界観に侵食されているかのようだ。殺意をほのめかす言葉、孤独の闇を映す比喩、血や夜を反復するイメージ。まるであの詩が勝手に自分の文体を奪い、原稿を別物へ変えているような錯覚さえ感じる。

(これじゃあ、俺が書いてるのか、あの詩が俺を操ってるのかわからない……)

 混乱と不安に苛まれたアキラは、いったんファイルを閉じた。いまの精神状態で書き続けても、まともな小説にはならないだろう。そればかりか、自分自身が作品と現実の境界を見失いかねない。いつの間にか呼吸が浅くなっているのを感じ、深呼吸を試みるが、それでも胸の奥の圧迫感は消えない。

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