赤い封筒 – 第6話

 夜になって自宅に戻ると、玄関先に貼り付けていた簡易的な防犯シールが剥がれているのを見つけ、アキラは思わず身震いする。これも犯人の挑発だろうか。それとも偶然か。いずれにせよ、この家に自分以外の意思が入り込んでいる事実は変わらない。いつ再び侵入されるかわからない恐怖で心が濁り、なかなか眠りにつけそうにない。

 明かりをつけたままソファに身体を沈め、アキラは再びノートパソコンを開く。執筆は停滞しているが、それでも書かずにはいられない衝動がわずかに残っていた。小説のプロットを見直そうとすると、赤い封筒の詩が不意に頭に浮かび、キーボードを打つ手がすぐに詰まってしまう。さらに先ほどの侵入者の痕跡がフラッシュバックし、神経が激しく尖りはじめる。

 そうしているうち、原稿の文章にまた赤い詩の残響が混じっていく。自分が想定していた筋書きとはまるで違う場面が膨れ上がり、登場人物の台詞まで陰鬱な色彩を帯びる。これが創作意欲なのか、恐怖から生まれた妄想なのか、アキラにはもはや判別できない。虚構と現実の境界線が崩れかけている。いま目の前で鍵盤を叩いているのは、本当に自分の意志なのだろうか――そんな疑念が頭をもたげる。

 結果的に、アキラは原稿ファイルを閉じるしかなかった。得体の知れないものに取り憑かれたような錯覚が募り、まともに思考を組み立てられない。ソファに倒れ込むように横になりながら、瞼を閉じて息を整えようとする。だが、不思議と眠気は訪れない。深夜に至るまで、壁に残された不気味な一節が視界の隅にちらつき、脳裏に赤い封筒の文字が浮かんでは消える。

 家の中ですら安息を得られず、警察も頼りにならない。シンイチの孤独な捜査にどれだけの効果があるかもわからない。アキラが築いてきた日常が、ゆっくりと崩壊しつつあるのを実感しながら、それでもどこかで“もっと知りたい”という作家の業が疼いている。もし自分が次に狙われようと、本当のところ、この一連の陰鬱な詩の正体を解き明かしたい――その矛盾が、彼をさらなる追い詰めへと誘っていた。

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