赤い封筒 – エピローグ

 やがてアキラはそっと目を閉じ、心を落ち着かせるように息を整える。男の狂気によって利用されたミツルの詩。そこには確かに彼の苦しみや孤独が刻まれていたが、本来は彼自身が背負うはずだった物語を、別の男が勝手に歪んだ形で完結させてしまった。アキラはその事実を噛みしめながら、ふと胸の中に一つの決意が芽生えるのを感じる。

「ミツルの詩を、こんな形で終わらせてたまるものか……」

 呟きながらアキラはそっと立ち上がり、落ちた原稿を拾い集める。あいつの本当の声は、まだ世に伝えきれていない。この事件のこと、ミツルが抱えた孤独、さらに自分を含む周囲が犯した過ち――それらを物語として残さなければならないような気がした。作家としての使命と、彼に対する最後の償いのように思えた。

 倉庫を後にし、書斎へ向かったアキラは、机に原稿用紙を広げる。画面の向こうにはこれから書き始める小説の白いページが待っている。事件は解決したが、胸の中には多くのものが未消化のままだ。ペンを握る指先がかすかに震えながらも、一行目を書き始める。それはまるで、ミツルの詩の続きを紡ぎ出すような感覚だった。

 ふと、アキラは鞄の中にまだ残っていた赤い封筒を目にする。事件の捜査が終わったあと、警察に引き渡さなかった分の封筒だ。複数の封筒と詩のカードは、今では犯人の逮捕によってその脅威の多くが取り去られたはずなのに、手に触れるとやはり不気味な感触が蘇る。

 それでも、アキラはそのうちの一枚を取り出してまじまじと見つめた。犯人は捕まったのだから、もう届くことはないはず――そう思いたいが、なぜか確信を持てない。書簡に取り憑いたようなこの罪悪感と、負の連鎖を断ち切るには、まだ何かが足りないような気がした。

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