異世界冒険者ギルドの日常 – 第6章:前編

 私は立ち上がり、帳簿を掲げた。赤いインクが天井の天秤へ虹のように走り、黄金扉の鎖を縫っていた数字が砂のように崩れ落ちる。

 扉がわずかに軋み、光が溢れ始めた。

 “00”は膝を折りながら、それでも静かに笑った。

 「……まだだ。王座席に座る閣下は、“支出なき所得”の権能を……」

 その声を背に、私は扉のハンドルへ手をかけた。指先は震え、灰霧と爆光の残滓が肺を焼くように残っている。それでも脈は前へ進めと鼓動を刻む。

 仲間たちが肩を寄せる。ティリアの矢筒は残り一本、ガルドの大剣は欠け、リリィのカタパルトは歯車が悲鳴を上げていた。マリエルの法典は焦げ、クラリスの剣には亀裂が走る。それでも全員の瞳は同じ一点を見つめている。

 黄金扉がゆっくり開いた。

 燭台の光がこぼれ、深い静寂と共に重厚な円卓が姿を現す。その中央、黒衣の男——灰色宰相グラディウスが、手元の印章を静かに回しながらこちらを迎えていた。

 「ようこそ、監査補佐官殿。締めの準備は……まだ整っておらぬようだな」

 薄笑いと共に、宰相の背後で床が割れ、黒い帳簿が幾重にも積み上がっていく。数字は毒蛇のようにのたうち、虚空へ架空の資産を積み上げていた。

 最終決算まで、あと九分三十秒。

 私は深く息を吸い、焼け焦げた帳簿を抱えたまま、円卓の中央へ歩み出た。

 ――窓口係の仕事は、最後の一円まで狂いなく締めること。

 数字が私の剣だ。今度こそ、この王国の帳尻を合わせる。

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