ニューロネットの夜明け – 第2章:ヴァル・セキュリティの影|前編

残されたレオナルドは、一人きりになった会議室で深い息をついた。彼の頭には“エリカ”という名と、“プロジェクト・シナプス”というコードネーム、そして自分が再び踏み込んでしまった“意識統合”への疑念が渦巻いている。かつて身軽なハッカーだった頃と今とでは、立場も責任も大きく異なる。企業の重役として、政府の期待を背負い、プロジェクトを成功させることが自分の使命だとわかっている。

だが、どうしても拭えない違和感があった。人々の意識を統合すれば、本当に争いはなくなるのか。個人の自由や尊厳はどこへ行ってしまうのか。そんな根源的な疑問が、レオナルドの心を苛んでいた。にもかかわらず、すでに企業の思惑と政府の圧力が絡み合うなか、自分ひとりの力では止められない——そんな無力感もまた、彼を苦しめていた。

会議室の窓から見下ろす都市の景色は、整然とした高層ビル群と広告看板、そこを行き交う人々の姿を映し出している。誰もがニューロチップの恩恵を享受する一方、その裏側でどれほど危険な企みが進んでいるのかは知る由もない。レオナルドはガラス越しにその光景を眺めながら、小さく息を吐いて目を閉じる。

企業の繁栄と個人の倫理がせめぎ合う場所で、彼は一歩も引けない立場にある。エリカという旧知のハッカーが動き出している事実も、気がかりで仕方ない。昔の仲間として再会を望んでいるわけではないが、彼女の才能を思えば、この計画の暗部に突き当たる可能性は充分に考えられた。もしそれが表面化すれば、ヴァル・セキュリティの名声も、政府の信用も、何もかもが破綻してしまうかもしれない。

「止められない流れ、か……」

苦渋の面持ちで呟く彼の声は、誰にも聞かれることなく静かに会議室の空間に消えていった。外から差し込む朝の光がやけに眩しく、レオナルドには自分が進む先が闇なのか光なのかも判別できない。それでも、巨大な計画はすでに動き始めている。彼の内心には迷いが渦巻きながらも、歯車の一部として行動を続けるしかなかった。

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