赤い封筒 – 第4話

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 朝からどんよりとした雲が空を覆い、湿気をはらんだ風がアキラの心まで重くするようだった。その日、彼は珍しく早めに執筆を切り上げ、山積みになっていた古い資料や書籍を整理することにした。赤い封筒の詩がエスカレートしている今、少しでも手がかりになりそうなものを探しておきたいという気持ちがあったからだ。部屋の隅に置かれた段ボール箱には、大学時代のノートやプリント、昔の作品原稿などが雑多に詰められている。

 そこから冊子を何冊か引っ張り出してみると、黄ばんだ紙の匂いとともに、記憶の底に沈んでいたある人物の存在がふとよみがえった。――ミツル。大学の同期であり、詩作を好んでいた同級生だ。アキラ自身が作家を目指していた頃、ミツルはときどき「自分の詩は世の中に受け入れられない」と嘆きながらも、内なる情熱を燃やしていた男だった。

 ページを繰りながら、その細い文字がぎっしり書き込まれた詩集を見つめる。いつ作られたものかは定かではないが、「これはたしかミツルが自主制作で出していた詩集だっけ……」と心当たりがある。大学の文芸サークルとは関係なく、ミツルが独自に刷った小冊子を友人間で回していた記憶がある。表紙に描かれたモノクロのイラストも、彼の手によるものだろう。どこか不吉で陰鬱な雰囲気を放っていたのを覚えている。

 何気なく開いてみると、そこに書かれたフレーズのいくつかが、赤い封筒に記されていた詩とどこか似通っている気がした。「雨の夜」「切り裂かれた夢」「青く揺れる花」――そうした言葉の組み合わせに既視感がある。アキラは思わず息を呑む。もちろん、すべてが一致しているわけではない。だが、妙に引っかかる箇所が多いのだ。

「まさか……」

 呟きながら、アキラは一度ファイルを閉じる。あの赤い封筒が届くようになってからずっと、差出人は誰なのかと思案していた。そしてここへ来て、大学時代の同期だったミツルの面影が浮上してきた。彼はアキラがデビューしたあとも詩を書き続けていたと噂で聞いていたが、あるとき突然いなくなった。もう数年前のことだ。それ以降、連絡は一切取れないままになっている。失踪したとも、海外へ渡ったとも聞いたことがあるが、正確な情報は全くといっていいほど伝わってこなかった。