赤い封筒 – 第11話

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 大手書店のイベントホールに設置された長テーブルの前で、アキラはサインペンを握りしめていた。あらかじめSNSや出版社の公式サイトを通じて告知されたサイン会は、長蛇の列を生むほどの盛況ぶりで、ファンからの声援が飛び交っている。通常なら喜ぶべき状況だったが、今日は別の意図があった。

 「人目につきやすい場所に出るなら、そこが最適だろう」――それがアキラとシンイチの結論だった。犯人をおびき出す囮作戦。公の場にアキラが堂々と姿を現すことで、赤い封筒の差出人、すなわちミツル(あるいはミツルを名乗る何者か)が動く可能性が高まる。もし会場に現れれば、周囲に配置したシンイチの仲間たちがすぐに捕捉できる。ファンも多数いる場所だけに、逆に不審者は目立ちやすい――そう踏んだのだ。

 アキラの隣ではユキノが受付をこなし、名前やメッセージを整理してはアキラに渡している。サインを求めるファンたちと会話を交わすたび、アキラは笑顔を作ろうとするが、内心は張り詰めた糸のように神経が尖っていた。視界の端々に、いつ殺意を帯びた視線が混ざっているかもしれないという恐怖がよぎる。それでもペンを走らせる手を止めるわけにはいかない。

 サイン会は夕方まで続き、並んでいた人々がすべて退いたあと、スタッフが片付けを始める。残ったのはアキラとユキノ、そして書店の担当者が数名。大きな書店のメインフロアはまだ客足が絶えないが、イベントホールは打ち上げ花火のあとの静けさのように落ち着きを取り戻していた。

 ユキノは心配そうに周囲を見回したが、不審な人物の姿は確認できない。ちらりと時計を見やれば、予定していた時間を大幅に過ぎている。

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