赤い封筒 – 第11話

「先生、今日はもう終わりにしてもいいんじゃないですか? シンイチさんたちも周辺を見回っていますけど、何も起きないようですし……」

「……ああ、そうだな。みんなにも悪いし、もう引き上げよう。」

 アキラはため息まじりに返事をする。来るはずの“ミツル”は結局現れなかったのだろうか。もしくは会場に紛れ込んでいたが、あえて動かなかっただけかもしれない。どちらにしても、「これで襲われるよりはましだ」と思う反面、肩透かしを食らったような落胆も否めない。

 シンイチの仲間たちも書店内外で待機していたが、目立った動きは一切なかったと無線で連絡が入る。シンイチ自身は一足先に駅方面へ移動し、そちらで張り込んでいるらしい。アキラは心の底に安堵が広がるのを感じながらも、「今回は何も起きなかったか……」と複雑な想いを抱え、重い足取りで書店を出た。

 外はすっかり夜の帳が降り、ビルのネオンが鮮やかに浮かび上がっている。ユキノと別れ際、アキラは「ありがとう。今日はお疲れ様」とだけ声をかけてタクシーに乗り込んだ。彼女は何か言いかけたが、言葉にならず小さくうなずいたあと、一足先に編集部に戻るという。

 タクシーの窓越しに見る街の風景は、平静そのものに見える。行き交う車や人々は、誰も自分の事情など知らない。アキラは心の中で独白のように呟く――「もしかしたら、あいつは書店に来ていたけれど様子見だけして去ったのかもしれない」と。けれど、根拠のない推測にすぎず、確かめようがない。

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