赤い封筒 – 第11話

 自宅マンションに着くと、エントランスの照明がやけに眩しく感じられた。脳内に漂う疲労を振り払うように、アキラはエレベーターで自室のある階へ上がる。扉を開けて室内に足を踏み入れ、暗闇のスイッチを探り、照明をつける。普段なら変わらぬ光景が広がるだけのはずだが、今日は何かがおかしい。言いようのない嫌な気配が背後を撫でる。

「……誰かいるのか?」

 思わず低い声で問いかけてしまう。返事はない。しかし、リビングへ続くドアの隙間から、わずかに空気が流れ出ているような気がする。明らかにドアの開閉の仕方がいつもと違う。アキラは胸の鼓動が高まるのを感じながら、そっと歩を進めた。

 リビングの明かりをつけると、そこに背を向ける人影が立っている。黒いフードを被り、床に視線を落としているその男は、聞き慣れない呼吸音を響かせながら、ゆっくり振り返った。見え隠れする顔はマスクで覆われ、素性をうかがわせない。

 「……おまえが、赤い封筒の送り主なのか?」

 アキラの声は震えていた。男はマスクの奥で何を思っているのか。無言のまま数秒が過ぎ、やがてその唇が小さく動く。

「おまえは……覚えているのか? 俺を……」

 掠れた声。だが、それはどこかで聞いた記憶がある声にも感じられるし、あるいは全くの他人のようにも思える。アキラは眉をひそめながら、恐怖と猜疑の狭間で男を見つめた。

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