赤い封筒 – 第11話

 男はふいにポケットから小さなカッターナイフのようなものを取り出し、鋭く光らせた。アキラは息を呑む。ここで叫んでも、マンションの構造上、隣の部屋まで声が届くかどうか怪しい。すぐに誰かが駆けつけるとは限らない。

「やめろ……こんなことをしても、何も救われない。おまえ自身が崩れていくだけだ……!」

「はは……崩れているのはとっくに。いまさら何を止める必要がある?」

 男の声は感情のない笑みを含みながら、冷たく響く。アキラの背中には嫌な汗が伝う。いざ面と向かうと、足がすくんでうまく声が出ない。だが、このまま黙っていては何も変わらない。

「俺は、おまえの苦しみを知らなかったわけじゃない。ただ、どうしていいかわからなかっただけだ。許してくれなんて、そんな都合のいいことを言うつもりはない……でも、どうか……」

「黙れ。」

 男は短く言い放ち、カッターをかざす。その一瞬、アキラは目を閉じかけたが、すんでのところで視線をそらさなかった。相手が何をしようとしているのか正確にはわからないが、逃げ場のないこの空間で対峙するしかない――そう覚悟を決める。

 外の廊下からは誰かが通る気配がわずかに聞こえる。もしかするとシンイチが駆けつけてくれたのかもしれない。しかし、内側のドアはロックされていて、今すぐ踏み込めるとは限らない。二人の呼吸が交差するかのように、リビングの空気が張り詰めていく。アキラはカッターの刃先に目を向け、その先の男の瞳をまっすぐに見据えた。そろそろ時間が尽きる。果たして、この対峙はどんな結末を迎えるのか――嫌でもその問いが脳裏をよぎる中、部屋には緊張が頂点にまで高まる沈黙が続いていた。

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