零れ落ちるような沈黙を破って、店先の路地から足音が近づいてきた。玲は反射的に窓の外を見やり、視線を合わせた辰巳の顔が蒼白になる。
「何か音が……」
「今のうちに、この脅迫状を見てください」
玲の手元から一通の濡れた封筒を取り出し、辰巳に差し出す。封筒には松永家の家紋が印刷され、裏地には絹袋と同じ織り模様が浮かんでいる。辰巳は震える手で封を切り、「手を引かなければ次はお前だ」とだけ書かれた紙を取り出した。
「……黎明の会からのメッセージです。彼らは自分たちが主導権を握っていると示したいのでしょう」
玲は表情を引き締める。店内に漂う安物のクリーニングの匂いすら、不穏な空気を際立たせる。辰巳は呟く。
「これでは、もう安全な場所はありませんね……」
玲はそっと脅迫状をバッグにしまい、立ち上がった。
「高橋さんに連絡し、次は街灯もまばらな倉庫街を見ていただきたい。黎明の会が次の動きを始める前に、こちらで証拠を掴みましょう」
店の扉を開けると、夜風に混ざった潮の香りが流れ込んできた。その刹那、商店街の明かりが一瞬だけチラつき、何かが彼らを見つめているかのような錯覚を覚える。影だけが静かに揺れ──物語はさらなる深淵へと進み始めていた。



















