異世界冒険者ギルドの日常 – 第3章:後編

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 船底を打つ水音が、夜気を伝って静かに鼓動を刻む。

 帆を畳んだ平底船〈ミスティ・ラビット号〉は月明りだけを頼りにゆっくりと川面を滑っていた。王都へ通じる水上路――巡視艇の目が行き届くため陸路より安全とされるが、今日ばかりは油断できない。私たちは荷馬車ごと甲板に載せ、帳簿の封筒を船倉中央へ固定していた。

 舵を握る船頭の老ドワーフが振り返る。

「ここから先は両岸に芦が深くてね。弓を構えるには格好の影だ、旦那方」

「警戒は強めにしておくよ」

 私は〈エクスセル〉で航路の危険指数を再計算し、甲板に光るセルの幻影を重ねる。風速、月光反射率、両岸の距離――計算結果の赤いセルは、川筋がS字を描く地点で跳ね上がった。

「ティリア、ガルド。二〇〇メートル先に視界の死角がある。弓と前衛を前に」

「了解」

 ティリアが弓弦を張り直し、ガルドは大剣の鍔を軽く叩く。リリィは船倉に降り、帳簿の封筒を動力炉の横へ隠した。もし敵が来たら、魔導炉の膨張熱でデータを焼かせないつもりだ。

 川霧が濃くなる。視界が十メートルに落ちた瞬間だった。

 ザバァッ。両舷の水柱が弾け、網が放たれる。

「全艦、伏せろ!」

 網目は黒銀の糸。魔法で硬化した拘束網がマストと柵をいっきに絡め取る。舷側で小舟がぶつかり、黒装束が三つ飛び移ってきた。影衛兵より軽装――密偵か。

 ガルドが大剣を振るい網を裂くが、敵は霧に紛れて距離を取る。

「船を沈める気か⁉」