異世界冒険者ギルドの日常 – 第11章:前編

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 薄曇りの早朝、トリス支部の屋根瓦を洗う静かな雨音に、深山ユウトはひさびさの“何も決算に追われない朝”を感じていた。

 世界樹祭が終わって二週間。王都で消費した緊張と興奮がようやく体内から抜けたのか、目覚めても数字のセルが脳裏に走らない。

 が、ギルド玄関の扉を開けた瞬間、ほころんだ頬はすぐに受付モードへ引き締まる。

 掲示板には新規依頼カードがびっしり。雨天のせいで行列は短いものの、騎士団の補給伝票や商隊の損益報告が山高く積まれていた。

 「休符は一小節だけってわけか」

 ユウトが苦笑しつつカウンターへ駆け込むと、猫耳受付セルマが耳先に雨粒を光らせて腕を組む。

 「やっと戻ったにゃ? 世界樹祭直後の〆処理、徹夜で頑張ったんだからね」

 「ご褒美チョコクッキー、ちゃんと土産に買って来たよ」

 机下から箱を取り出すと、セルマの耳がぴょこんと立ち、あっという間に険しい表情は消えた。

 帳簿を開いて処理を始めたユウトの横で、ティリアが濡れたフードを外して現れる。

 「湿度で弓弦が伸びる。点検してたら開店時間ギリギリだったわ」

 弓袋を軽く叩く動作が、どこか弾むように見えた。祭り後の自信と、新しいミスリル矢軸が背中を押しているのだろう。

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