異世界冒険者ギルドの日常 – 最終章:前編

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 夜明け前、ベル=フェルド北端の氷雪平原は冷鉄色の薄闇に沈み、遠い狼嚎が吹き荒ぶ風へ混じった。

 「囮倉、最終チェック完了」

 リリィが革手袋をこすり合わせ、仮設倉庫の水晶封印へ自分の印章を刻む。内部の棚にはピカピカの真空食糧コンテナ、希少薬草の束、鍛錬用鋼材──だが実体はすべて〈幻影在庫〉。ユウトの《エクスセル》で生成した“記載済みだが物理量ゼロ”のデジタル資産だ。

 ティリアは天幕のすき間から雪雲をうかがい、矢羽根に消音油を塗り込んだ。

 「香炉で焼いた瞬間、在庫が蒸発して犯人の倉庫へ転送される。そのタイミングで追跡タグが動き出すわね」

 「正味二十五秒。俺が引っこ抜く」

 ガルドは大剣の代わりに巨大な鉤縄を肩に巻き、拳に氷除け樹脂を塗る。

 ユウトは囮倉の帳簿セルに“TRACK(在庫ID)”関数を入力し、タグのリンク先をリアルタイムでマッピングするサブルーチンを走らせた。

 「空白領収書の儀式は六時間周期。次の燃焼時刻まで残り八分三十七秒――開始を待たずにこちらから点火して、転送先を強制表示させる」

 クラリス支部長は外壁に耳を当て、冷たい息を漏らした。

 「半日で全部終わらせましょう。週末の補給キャラバンが動き出す前に」

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