異世界冒険者ギルドの日常 – 第8章:前編

 夜。王都の灯が遠くに瞬き始めたころ、街道宿の二階窓から祭り囃子が微かに届く。

 客室で桜色チェインメイルを試着したティリアが、鏡を覗きこんで顔を赤らめる。

 「似合う? 戦闘用じゃない服……慣れないのよ」

 「矢筒より似合ってる」私が冗談めかすと、本気で照れたように耳が紅くなった。

 ガルドは燕尾服型チェインメイルを羽織り、「剣も革靴も光るぜ!」と大はしゃぎ。リリィはギアカフスを引き締め、「ネジが外れないか緊張する」と呟きながらも笑顔だった。

 私は窓枠にもたれ、夜空で輝く北極星を見つめる。

 ――数字で人を守り、笑顔に換える。

 それが冒険者ギルドの日常であり、私たちの日替わり定食のレシピ。

 表彰式は通過点に過ぎない。明日が終われば、また窓口で新しい数字に向き合うだけだ。

 「ねぇ、スピーチのタイトル決まった?」ティリアが背後から声をかけた。

 「『笑顔を生む決算書』ってどうかな」

 返事の代わりにほんの短い弦の振動音。

 振り向くと、ティリアが矢筒も弓も置き、チェインメイルの袖を整えながら小さくうなずいた。

 「それ、すごくいい」

 窓の外で王都の花火がひとつ、静かに咲いた。

 私は深呼吸し、胸の襟に挿した小さなメモ帳を押さえる――そこに書かれた数字と勇気の物語は、まだページを増やし続けている。

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