和菓子の灯がともるとき – 12月31日 前編

すると、居間から父が歩いてきて、「俺も座ったままでいいなら手伝わせてくれ」と申し出た。「病院に戻るとき、先生に叱られたら困るわよ」と母が慌てるが、父は「無理はしないから大丈夫だ。少しでも店のことを思い出したいし」と前向きだ。結局、台所の隅に椅子を用意して、父が腰かけられるようにして作業を手伝ってもらうことになった。父は昔から生地の練り具合にはこだわりがあり、「そこ、もっと水分を足して。ちょっと固すぎるぞ」と由香に細かく指示を出す。久しぶりの父の“職人”らしい一面に、由香は「やっぱりお父さん、すごいね」と感心する。父自身も、「こんな形ででも手を動かせるなら幸せだな」と表情をほころばせていた。

同時進行で、母はおせち料理の準備に取りかかる。黒豆を煮込みながら昆布巻きの仕込みをし、さらに父の好物である伊達巻の生地も焼き始める。由香が和菓子をこねている片手間に「どう? 卵焼きの色、焦げてない?」と声をかけると、母は「大丈夫よ。最近はスーパーで買う人が多いけど、やっぱり手作りのおせちは格別だからね」と笑う。父の退院が決まったおかげで、「どうしようか…」と迷っていたおせち作りも俄然やる気が出たようだ。台所には甘い匂いと香ばしい匂いが入り混じり、家族みんなが自然と会話しながら、まるで昔に戻ったかのようなにぎやかな時間を過ごす。

やがて日が暮れ始める頃、由香と母はなんとか予定していた数の和菓子を完成させる。父も鼻歌まじりに生地をちょっとだけこねたり、餡の味見をしたりして満足そうだ。「思ったよりいい感じに仕上がったね。あとはイベントの会場で人に食べてもらうだけだ」と由香が言うと、母は「食べてもらってどう思うかが一番大事ね。お父さんの味に少しでも近づいてるといいけど」と少しだけ不安げな様子。しかし父は「大丈夫さ。俺のレシピノート通りに作ったなら、ちゃんと和菓子らしい仕上がりになってるはずだ。俺も少し食べてみたけど、上出来だよ」と太鼓判を押す。その言葉に母と由香はほっと胸をなで下ろす。

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