赤い封筒 – 第10話

 その日の夜、アキラは自宅にこもりきりで、ミツルの詩やこれまでの事件の資料を眺めていた。部屋の隅には防犯グッズが増え、窓には簡易的なセンサーを取り付けている。それでも完璧な防備とは程遠い。深夜になると、外の物音一つでも心臓が跳ねるほど神経が張り詰めていた。

(いつ、どこで、どうやって襲われるかわからない。それでも逃げるばかりじゃ何も変わらない……)

 アキラは鼓動の高まりを感じながら、決意を固める。自分が餌になる、それはつまり犯人の狙いを自ら引き受けることだ。そのためにシンイチや仲間たちが陰で監視し、取り押さえられるようにする。計画としては危険極まりないが、このまま朧げな不安に支配される時間よりは、はるかにましだと信じるしかない。

 外を見やれば、夜空に霞んだ月が浮かんでいる。ビルの合間から差し込む街灯の光が、アキラの部屋のカーテンに揺れる影を落とす。静寂の中で、赤い封筒に記された脅迫めいた詩の断片が頭をよぎる。殺人を模したイラストが脳裏に焼き付いて離れない。だが、怖気づいていては何も進まない。

(あいつに利用されるだけなら、こちらから踏み込むしかない。ミツルが本当に復讐のために動いているなら、正面からそれを止めたい。)

 そんな決意にも似た感情が、アキラの奥底で熱を帯びる。作家として、過去にミツルを救えなかった一人の人間として、ここで退いては恥ずかしいという想いもある。否が応でも進むしか道はない。恐怖の決行とも言える行為に、自分から足を踏み出す――その事実がもたらす高揚と不安が、皮肉にもアドレナリンをかき立てていた。

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